「一つとなる恵み」2017年7月9日

使徒言行録 4章32−37節  キリストに従うものとされた人々の集まりで行われていたのは、神の祝福を受け、神の恵みを充分に受けているからこそ、心も思いも一つとされていることを知り、神への感謝にあふれ、神に自分が受けた恵みを捧げ、そして神に捧げられた恵みが、人々の必要に応じて分配されていくということでした。互いに共有するということが神のわざとして行われていたのです。私たちも神の恵みを充分に受けて…

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「愛が純粋であるなら」 2017年7月2日

 コリントの信徒への手紙 二 8章1-15節  パウロは、コリントの教会においてもエルサレム教会の現状を訴え、献金の必要を訴えました。パウロにとって困窮するエルサレムの信徒のために献金することは「キリストにあって一つ」という重要な証でした。しかし、この聖書箇所で「献金」「募金」「寄付」という言葉はまったく使われていません。代わりに使われているのは本来、神と人間との関係で使われる「恵み」「慈善の…

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「知られざる神に」2017年6月18日

使徒言行録17章22−34節  当時のアテネの人々は、自分たちが何らかの神から恵みを受け生命が与えられていることを知っていました。しかし、その神がどういう方かが分からず、自分たちの無知によって感謝を返さなかったときに神の怒りが注がれ、それまで受けていた恩恵が奪われることを恐れました。「知られざる神に」という碑を建てたことは神の怒りが自分たちに注がれないようにするための保身からのものでした。パウ…

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