「神の僕として生きる」2016年9月4日

ペトロの手紙 一 2章11−25節  私たちは、キリストによって罪から解放され、自由が与えられています。しかし、そのような神からの自由と、神からの力は、人々を従わせる、人々に対して権力を行使するために使ってよいものではありません。人々を愛し、人々に仕えるための自由である力であるべきなのです。それが、神の僕として生きるということであり、イエス・キリストが地上での歩みの中で私たちに示して下さった姿…

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「古い生き方から新しい生き方へ」2016年8月14日

ローマの信徒への手紙 7章1−6節  律法は、キリストにあっては今や救いに関しては古いものであり、どのような人間の努力によっても罪を克服し、神の子となろうとすることは出来ないことです。それはイエス・キリストの十字架と復活によってもたらされた神の業によってのみできることです。既に神の業を経験している私たちは既に「神の子」として生かされているのです。

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「ねたみや争いではなく」 2016年8月7日

聖書:コリントの信徒への手紙 一 2章11節−3章9節  様々な背景を持つ人々が集まるところには議論があって当然です。議論を経て理解を深め合い、結論を導き出すことは、とても大切なことでしょう。しかし、ひとたび、それが自己正当化や自分の利益や欲が目的となった場合、そこに現われるのは「神の国」ではなく「ねたみや争い」です。私たちはキリストの名を道具として使ってまで、自己正当化する可能性を持っていま…

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