「愛が純粋であるなら」 2017年7月2日

 コリントの信徒への手紙 二 8章1-15節
 パウロは、コリントの教会においてもエルサレム教会の現状を訴え、献金の必要を訴えました。パウロにとって困窮するエルサレムの信徒のために献金することは「キリストにあって一つ」という重要な証でした。しかし、この聖書箇所で「献金」「募金」「寄付」という言葉はまったく使われていません。代わりに使われているのは本来、神と人間との関係で使われる「恵み」「慈善の業」「奉仕」という言葉です。これらのことばで表現される神のわざに人間が加わろうとする時、問われるのは愛の純粋さであり、「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。」というイエスの教えを心に刻みつつ、神のわざを行っていきましょう。

この記事へのコメント