「ねたみや争いではなく」 2016年8月7日

聖書:コリントの信徒への手紙 一 2章11節−3章9節
 様々な背景を持つ人々が集まるところには議論があって当然です。議論を経て理解を深め合い、結論を導き出すことは、とても大切なことでしょう。しかし、ひとたび、それが自己正当化や自分の利益や欲が目的となった場合、そこに現われるのは「神の国」ではなく「ねたみや争い」です。私たちはキリストの名を道具として使ってまで、自己正当化する可能性を持っています。自分の意思や利益ではなく、神の意思や神のみこころを追い求め、神が自分と隣人を出会わす中で何を自分にさせようとしているのか、そのことを求めながら歩むとき、わたしたちの間には「ねたみや争い」ではなく「神の国」が現実のものとして近づいてきます。

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